文字狂い

オタクにもサブカルにもなににもなれずに死ぬ

20190406

久しぶりに音楽が聴けている。電気グルーヴを聴くと頭が痛くなる。松本人志じゃないけど、あれはシャブなのだから。アーバンギャルドとトリプルファイヤーはさすがにこれを聴き続けていると自分のクズっぷりを強化してしまう。あの歌詞にはどうしても惹かれてしまうものがあるけれども、あの感性に辿り着いた先は何もない。

POLYSICSとかPerfumeとかを聞きたい今日この頃。あと何が聴きたいだろう。ウォークマンのアプリを立ち上げザッピングするけれども、ない。なんていうか王道の音楽を聴くべきだった。カラオケで歌っても恥ずかしくないような類の音楽が欲しい。洋楽とか、かっこいいけど、歌えないし。

そこで思うのだが、歌うことでしか音楽を楽しめないのか。歌える音楽しか好きじゃないなら、今ウォークマンに入っている音楽は大体カラオケになかったりとてもじゃないけど歌えない。だって私壊れた鍵盤みたいに歌うんだよ。どうすれば自分がその音楽を好きだってことを知るのだろうか。

昔みたいにテスト勉強することなんてなくなってしまったので、テンションを上げる必要がない。夜中を共にしたあの曲たちはもう古くなってしまった。そして社会人になった今では音楽を聴く必要性がなくなってしまった。作業中に恋愛についてのときめきなんか考えたくない。

前回の記事の通り退職したため、本当に食って寝るだけの生活になってしまった。しかも精神疾患だから、規則正しい生活を人一倍命じられる。ぶち殺してやりたい。涼しい夜風を楽しめないならそんな人生要らない。私はね。

今日移動中にPOLYSICSを聴いているととても楽しい妄想がはかどった。程よく乾いた風がそよいで良い感じに心拍数が上がった。音楽は生活を彩る一部だな、と思った。音楽で救われるような人生なんて、めでたくて大したことないけど。でも今の自分を切り取る力を持っているのは確かだと思う。

そんな私は今何を聴いているのかというと。キーボードのタイピング音なのである(無音じゃないとブログ書けない)

無駄

あんまり詳細は言えないけど、働いていた会社と契約更新しない運びとなった。3月中旬にはもう休んでいたけど、とても疲れていたんだろう。今もあんまりちゃんと休めている実感がない。頭痛とムカムカとイライラに悩まされている日々だ。

両親が会社から話を聞き、私にそれを伝えた。その時から私は「あの人たちと二度と会えないのか~」という1点に囚われることになった。これからもずっと悲しくなるんだろう。でもいつか起こるべきことではあった。

なんとかして会おうと思った。だってまだ荷物が会社にあるし。だけど周囲から二度と会わないほうがいいと止められた。止められて、ぶち切れた。「今何を考えても、無駄になってしまうなら、今どうして生きていけばいいのか」

時間が経つにつれて、会うまでに時間がかかってもいいように思えた。それまでには冗談が言えるようになるかも知れないから。やがて、もう会わなくていいと思うようになった。というのも、働いている以上その人々の様子が正解として現われてしまう。この人はこう考えているかもしれない、この人はこうだ、などと言った念慮・妄想と戦いながらその人たちとともに生きていかざるを得ない。

しかし退社した今はどうだろう。あの人たちが何しようと知ることができない。ただわたしの心の中であの人たちは働き続けている。わたしはあの人たちをテーマに、好きなように好きなだけ考えることができる。

水曜日のダウンタウンで、芸人の気持ち悪いファンレターが特集されていた。病理や闇を垣間見た、と言いつつ他人事ではない(他人事ではない)。しかしファンレターってものは案外、読まれているもんだ。読んでんじゃねえよ、と思うし、読まれることを期待しちゃおしまいだよ!、と思う。そう言いながらも私だって読まれるような手紙をいつだって書いている。

届かないファンレターがあってもいいんじゃないか。それがブログなのだが。あなたのことがまるっきり好きじゃなくても、わざわざ伝えなければ言っていいだろう。有名人でもそうじゃなくても、目に見えても見えなくても、思いが届いても届かなくても。私が何かを好きでいることが凄いんだと思う。だってそれで生活が成り立つからね!

私はこれから失業保険を貰いながら、社会に貢献しない日々を送ることになるだろう。私だって働けないことは悲しく思う。読書好きも、絵を描くことも、スポーツすることも何かの縁になるんだとすれば無駄じゃない。違うんだよ、そういうんじゃないんだよ。私はただ只管に無駄なことをしたい。石野卓球のツイートに感化されているわけじゃない。誰かの為になりたくない。ただ自分の為に生きていきたい。

私の心の中にしまった、あの会社の人たち。業績が下がったらしいので、多分空気が淀んでいるんだろう。それでもあの人たちは働いている。そして都市が煌いているんです、すごいよね。それだけでもう世界はなんて美しいんだろうと思うし、私ができることと言ったら私の生活を全うすることだなって思うんだよね!

20190330

世界は意味に溢れている。活字離れを憂う人もいるが、活字でなくたって読むことができるから仕方がないだろう。ワイドショー、新聞のラテ欄、職場の空気感、空の色、冷蔵庫の中身など。これさえ読めれば生きていける。

わたしがこれを書く意味。これが誰かに読まれる意味。そういうの考えると息が詰まる。暗い夜道を声の限り歌って徘徊したかった。わたしの住んでいるところは痴漢が多い住宅街なので難しい。歌うように読み、書きたいがそういうのはかっこ悪いのだろうか。

今日は豚しゃぶだった。サニーレタスを噛むのはとても楽しく、この少し苦い感じを求めていた。その感動をトマトの酸味が繋いでくれて、豚肉の甘みと筋肉質に到達したとき多幸感がわたしを襲った。飽きる前に白米を口に放り込んで、何度も忘れる。また知る。

誰かのことを古くなったものとしてしか見れないのは、とてもかなしいことだ。またあの人は安倍政権を批判している、この人はフェニミズムしか論じることが出来ない。そう思う感性が乏しい。よく目を凝らしてみればその人の生活感に触れられるのに、そうしないのはわたしの認知的資源がないから。どうしたらドライブ拡張できるのか?

高校時代も今も、もっと豊かになりたいと思ってしまう。だからうまく頭が回らなくなっている。そもそもさっきまでわたしは正気だったか? 何が疑わしいか考え続けながら生きていかざるを得ない。

そもそも世界には意味がないのではないか。この豚しゃぶのおいしさは幻覚ではないか。わたしが見ているこのアカウントはそもそもスパムではないか。わたしがなりたいあの人、実はそんなにしあわせではないんじゃないか。

ただひとつ言えるのは。わたしが綴った文字には真っ当な意味があること。わたしにしか解せない証拠になること。あなたに理解してもらいたくない。だってあなたはこの呪いに未来永劫気づくことはないから。

2019/3/28

首回りの皮膚がたるんでいる。甲状腺イカれたのかと思いエビリファイについてあれやこれや医者に文句を言った結果、エビリファイを卒業することに。

シクレストに頼っている今、常に何かしら食べている。家にいると家族が毎日のようにボディーブローみたいな言葉を投げる。いちいちぶちぎれていた時期があった。所詮他人なのでどんなに配慮しても足りない。また、わたしがどうしてイライラしているのかを探ることよりも社会的に正しいことを推奨するのが親というものだからそのありがたみを無下に捨てるわけにもいかない。

汚い部屋を汚いままに、風呂をサボった穢い身体で、都心に向かう。たまに道端でゲロ吐きそうになりながらとにかく外食をする。給料日から10日で10万は軽く消えた。食べるために消えたわけじゃないけど。

ずっとイライラしてる。イライラ~の渦が頭のなかを回って苦しい。エビリファイであろうがシクレストであろうが、いつもこう。

旬のものを旬に食べずとも生きていける世界として、旬じゃないのに実を結んだ生き物からしたら、彼らはわたしみたいな精神状態なのかな。グレープフルーツを食べながら思う。ぶちぎれそうな生命の核をわたしたちは食べている。みんなぶちぎれたいのしかたないよ。

昨日までは哲学・名言・文脈・出来事的なものが無理だった。意味をもう読みたくない。読まれたくもない。なんせぶちぎれたくない。受け入れられたいわけでもないしね。そんな「してやってる」姿勢で世界を救えるなんて思わないで欲しい。

母親に「あんたは一人でいることができない」と言われた。いや、いつだって一人のつもりだ。わたしが人との会話を求めているのは妄想を壊したいからだ。わかってもらおうとか端から期待してない。

妄想がなくなって、わたしがわたしになんにも期待しなくなった時、過剰に誰かに何かしたいとか誰かを傷つけたいとか思わなくなるのだろうか。そんな日は来るのか。その日が来たときやっと死に近づくことができるんだろうか。働きたいなあ

20180321

電気グルーヴピエール瀧が捕まったことからわたしの近況は始まる。

3月2日のライブは確かに麻薬麻薬していた。富士山の文字が踊り、前に座っていたおばちゃんもくねくね踊っていた。細身で、よく腰が動いて、スクールカースト上位でブイブイ言わせてそうな感じ。あのおばちゃんも「たかがコカインで」とネットで大声出しているのかな?

人生を狂わすほどのものなのだろうか。コカイン、じゃないんだろうな。駄目になりたいのかなあ。おでんのお玉で金玉に触れる動画アップするみたいに、自分の人生をBETして博打やってみたいんだろうか。それがドパミンの正体なのかな。まったくテレビみてないからわかんないけど、少年ヤングが滅茶苦茶聴きたい。あれはドパミンの産物なのだろうか。

ツイッターみればまあわかりますやろ。ネットで騒いでいました。解釈でどうにでもなるような苛々を敢えて垂れ流しました。確信犯みたいでしょ。実はめちゃめちゃ本気。好きだったバンドの全アルバム歌詞、ビリビリに破って今ゴミ箱の中鼻糞と一緒にこっちを見ている。円盤自体は救出したけど、歌詞の呪いには敏感なのでもういらない。

悔しくない? ちゃんと話の前後を読めていないなんてね。読もう読もうという姿勢から生き急ぐことが発生して、死に近づく。そしてこう思う「自分なんかより社会のほうが何倍も正しくて、今自分はその社会を圧迫している」と。たまたまわたしはこれを精神科に伝えたら個人<社会 ではないことを理解できた。

また、ネットであれだけ下品に騒いでいながら、私に言及するものは5chの2行しかなかった。しかもその後「あいつは感情が馬鹿でかい糞メンヘラで、可愛さ余って憎さ100倍を地で行くようなファン」という訂正が入ってくれて、つまりは何の漣も立たなかった。

下手に否定も肯定もしない。わたしはこの体験によって世界は信用に値すると思った。それでも自分が現実から浮いているような感覚は消えず、また選択肢ではずれを選んでしまうのだろう。それでも神様は私達を必ず導く。それは新しい世界であり、我々はそれを選び取ってみせる。

 

追記

「文学だね」「哲学だね」って言われる時、大体この人の範疇を超えたこと喋ってたんだろうなって思う。精神疾患の人は真面目だから、そう言った言葉を口にしないような傾向がある。精神疾患の人は、問題をちゃんと解こうとする。自分以上のものに見切りをつけることは生活するうえで最も大事なことではある。しかし全身全霊で事象に取り組む様を見ていたらLOVEを感じずにはいられなかろう。病気・障害――それはgiftedなのである。なんてね。私精神疾患だし心理学科系の学部卒業してない

えいがみたよ

21世紀の東京には、個性豊かな、「映画の女の子」たちが生きています。
暗闇の内側で、その姿を輝かす彼女たちは、
この宇宙では、まだ、とても貴重な一等星だと名指されるのでした。

このたった今、映画へと向かい合う、
確固たる意志と、はなやかな才能を秘めた力強い作家たち。
1980年代後半〜90年代に生まれを持ち、20世紀の惜春を見おろす
それらの才能を、21世紀の便箋に、定点観測し、鮮やかに記録する。
オムニバス企画に収まりきらないほどの流れ星を追いかけるような
この試みは、やがてたった一つの星座を描くことになります。
短篇集のタイトルは、『21世紀の女の子』(英題:21st Century Girl)。

本作品には、映画の未来の星々そのものである、
15名の新進監督がチャレンジを表明。
手渡された封筒はたった一つ、
“自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること”
全篇に貫かれた共通のテーマを、
各々の地点から、8分以内の短編で表現し、1本のオムニバス作品となります。

21世紀の女の子の、女の子による、女の子のための、とびっきりの映画たち。
真の「21世紀の女の子」の姿を、
あなたの目で、私たちの目で、確認してみましょう。

 

「個性的な女の子を解剖すると、中身は何にもないんだね」

そう思わせたいのか?

こんなもんじゃない。わたしたちががんばっている可愛いはこんなもんじゃない。エロくて綺麗なだけじゃないかこんなの。なんのために、朝早起きして化粧して嫌な電車に乗って働いて疲れ果てて帰るわけ? こうやってラベリングされてしまったことに関してめちゃめちゃがっかりしている。そりゃあ、こう形容されちゃあ、あんたたちの大嫌いなセクハラもパワハラも起こるよ。あんたたち自分の美についてまったく理解していないんだもの。だから蹂躙されんだよ。陵辱されんのよ。もっと貞操観念守りなよ。現実に刃向かってばっかいないで、意味を考えてよ。

 

muse 

一番面白かった。なんで写真撮りたがるんだろうね

mirror

こんな話つくったあんたが一番愛を知らないでしょ

out of fasion

これ若い人でやる意味があったのかな、30代の主人公が遡ることに意味があるのでは

回転てん子とどりーむ母ちゃん

在日映画だなって思いました。これを日本代表とされたら困るけどまあ在日も立派な日本人ですからね。

粘膜

絵がきれいだった。細田よしひこ改名してたな。エロくて空虚。これがトレンドか?

projection

主人公が可愛いけど衣装が間違っているなと思った。あとカメラマン(またでてきた!)の女はクズ認定わたしならするけど、クズが好きなのトレンドなの?

恋愛乾燥剤

主人公の女の子可愛かった。わたし恋愛へただからなんでミイラ取りがミイラになったのか、なんで主人公の女の子は男の子が好きなのかもうちょっとつきつめてほしかった

君のシーツ

髭つけてセックスする意味がわからん。男性であることにそこまで意味があるというか羨ましがる必要性ないと思います

セフレとセックスレス

生々しいくらいエロかった。けど、セックスレスに至るところをセリフで描写したところは許せない

I wanna be your cat

おい、徹夜明けだというのに女の顔に隈がないぞ。すげえ女が頭パッパラパーにみえるけどそういう解釈でよろしいか?

珊瑚樹

小説家なめてんだろ。ポエジーなこと言えば小説になるなんて間違ってるからな。でも青春ってこういうものか? そう言ってこの違和感をなかったことにするなら、その程度だと思うよ

reborn

このくらいになると、映画全体に対して意味を見出せなくなってきて、それでもこの映画をわかりたかったけど、雨音がきれいしか最早考えきれなくなってきた

愛はどこにも消えない

こんなはりぼての青春、わたしは好きだったけど、橋本愛に演じさせる意味がわからない

離ればなれの花々へ

ただ花畑とセリフしかなくて、うるさいくらい言葉に溢れていたけどまったく体に染み込んでこない。無意味なものに意味を見出している? 最果タヒの言葉なら信じてしまうところだった

エンドロールアニメーション

大森靖子がなんとかさちえともめた理由分かる気がするよ

 

”この作品を観終わったとき、新しい議論と、待ち詫びた希望が生まれるような、未来の女の子たちのためのオムニバス短篇集としたいと考えています。”

 

わたしからすれば、女の子を一番軽んじているのはくそばばあってこの映画をジュブナイルに見たとしたら思うよ。

はっきり言って、私が脚本したほうがぜったいいい映画とれるのにな

でもそんな映画を見ても、今日は意味があったと思えるのは母高の先生と席が隣同士だったから。

よっぽど、こっちの方が映画になるからな