文字狂い

オタクにもサブカルにもなににもなれずに死ぬ

会社を休んで一日め

まず説明しなければならない。実は会社を休んでいる。

情けないことなのだが、やはりわたしは精神疾患3級保持者だと思った。火曜日も水曜日も泣いてしまいみんなの和を乱してしまったため、ドロップアウトしてしまった。こういう時に頑張れることこそ健康である証拠になるとしたら皮肉なことだね

美容室に行ったらやっぱり気まずかったが、正直に「会社を休んでいる」と言ったら多分打ち解けた。

気まずいときはひたすらviviを読んだ。玉城ティナ卒業号だった、魅入るものがあった。sweetもmoreも読んだけどviviの玉城ティナを越える感動は無かった。雑誌って初めて面白いと思った 拙くも玉城ティナは文学だと思った。

ここで比較してしまうと可愛そうだが吉岡里帆はあんまり好きじゃなくて、なぜなら他の文明に触れることがなぜ女優業に活かされるのかをよくわかってないんじゃないかとページを見て思った。文明は還元するものではなくてただ現実逃避するためのものでしかないんじゃないか。

高校時代ぶりの呼吸困難を考えると、オウムが勃興していた時代もこんな感じだったのかなと想像してしまう。終わりなき日常を生きろ、って感じはそりゃそうだけどこんなもの気温差と都市化の弊害なんじゃないか?

都市って、欲望の権化とは思うけれどその先が健康に向かうことなんてまずない。健康であることはすなわち今のわたしのように 休むこと

頑張ることが日本の良きところだと思っているのは変わらない。ただ皆がもっと自覚すべきところは頑張ることが向かう先は無だということ。頑張っても無意味であることをもっと知るべきだと思う。それを見越しても尚頑張る、そこに日本の美があると思う。最近の先進国賛辞の目に余るところはそれ。本当におのれら自分に生産性あると思っている?

健康であることによって我々が生きる必然性が見出せるわけがない。もう風前の灯。たぶんこんなのみんな知っている。

わたしは、そう考えるとみんなをもっと愛せるような気がする。これは決して生殖のための魔法ではない。僕たちはもう少し弁えることを知るべきだった。弁えること、日本って得意じゃないですか? だからわたしは他の言語はわからない

日本で言う愛国心。それは弁えること、頑張ること、死ぬことだと思う

こんなの百田尚樹に映画化されてたまるか。あのおっさんはカタルシスが大好きだからそこんとこ死んでもやめんじゃねえぞ