文字狂い

オタクにもサブカルにもなににもなれずに死ぬ

20180321

電気グルーヴピエール瀧が捕まったことからわたしの近況は始まる。

3月2日のライブは確かに麻薬麻薬していた。富士山の文字が踊り、前に座っていたおばちゃんもくねくね踊っていた。細身で、よく腰が動いて、スクールカースト上位でブイブイ言わせてそうな感じ。あのおばちゃんも「たかがコカインで」とネットで大声出しているのかな?

人生を狂わすほどのものなのだろうか。コカイン、じゃないんだろうな。駄目になりたいのかなあ。おでんのお玉で金玉に触れる動画アップするみたいに、自分の人生をBETして博打やってみたいんだろうか。それがドパミンの正体なのかな。まったくテレビみてないからわかんないけど、少年ヤングが滅茶苦茶聴きたい。あれはドパミンの産物なのだろうか。

ツイッターみればまあわかりますやろ。ネットで騒いでいました。解釈でどうにでもなるような苛々を敢えて垂れ流しました。確信犯みたいでしょ。実はめちゃめちゃ本気。好きだったバンドの全アルバム歌詞、ビリビリに破って今ゴミ箱の中鼻糞と一緒にこっちを見ている。円盤自体は救出したけど、歌詞の呪いには敏感なのでもういらない。

悔しくない? ちゃんと話の前後を読めていないなんてね。読もう読もうという姿勢から生き急ぐことが発生して、死に近づく。そしてこう思う「自分なんかより社会のほうが何倍も正しくて、今自分はその社会を圧迫している」と。たまたまわたしはこれを精神科に伝えたら個人<社会 ではないことを理解できた。

また、ネットであれだけ下品に騒いでいながら、私に言及するものは5chの2行しかなかった。しかもその後「あいつは感情が馬鹿でかい糞メンヘラで、可愛さ余って憎さ100倍を地で行くようなファン」という訂正が入ってくれて、つまりは何の漣も立たなかった。

下手に否定も肯定もしない。わたしはこの体験によって世界は信用に値すると思った。それでも自分が現実から浮いているような感覚は消えず、また選択肢ではずれを選んでしまうのだろう。それでも神様は私達を必ず導く。それは新しい世界であり、我々はそれを選び取ってみせる。

 

追記

「文学だね」「哲学だね」って言われる時、大体この人の範疇を超えたこと喋ってたんだろうなって思う。精神疾患の人は真面目だから、そう言った言葉を口にしないような傾向がある。精神疾患の人は、問題をちゃんと解こうとする。自分以上のものに見切りをつけることは生活するうえで最も大事なことではある。しかし全身全霊で事象に取り組む様を見ていたらLOVEを感じずにはいられなかろう。病気・障害――それはgiftedなのである。なんてね。私精神疾患だし心理学科系の学部卒業してない